スペシャルインタビュー 一覧

第3回 ピアニスト 横山幸雄さん
【後編】子どもにとって、経験は0と1で大きく違う

投稿日時:2013/07/10 10:42 PM

▼前編はこちらからご覧ください。
【前編】僕自身が「音楽の力」で生きているようなものです|スペシャルインタビュー

「みんなのことば」のような体験をできる子どもたちは幸せだね

横山幸雄さん

どんなに小さな子どもでも、できる限りたくさん生の音楽に触れる経験があったほうがいいと思います。素晴らしいものがいつも身近にあることはいいことでしょ。食事は食べ過ぎるとお腹をこわすけど、音楽は聴きすぎて病気になることはないですよね。できることであれば、生まれた瞬間から、ずっと24時間音楽が鳴っていても、生演奏が鳴っていても良いと思います。現実的にはありえないけど、僕はそれくらいのものだと思います。

1年に1回でも良いと思います。なにも無いところから比べれば、1回でも体験するというのは、ものすごく大きい。1と無数の違いよりも0と1の違いははるかに大きいので、とても大切なことだと思います。

それと、音楽に関わらず、そのように「体験」を大切だと考える教育環境・家庭環境で育つ子どもたちは幸せだな、と思いますね。その中にたまたま音楽がなかったとしても、環境をつくる側の姿勢の問題はすごく大きい気がします。 だからこそ、それ以上にこういう活動をしよう、体験をさせよう、とNPOみんなのことばのように活動していることは素晴らしいと思います。 また、大人の意識が変われば、子どもに及ぼす影響はとても大きいので、大人の方にももっと音楽を楽しんでもらいたいですね。

演奏家にとっても、非常に貴重な活動

本来は、子どもたちや聴く人のための活動なのでこれは付随するものですが、演奏する側にとっても、NPOみんなのことば のような活動は非常に貴重です。

本来、ピアノにしても家に閉じこもって練習するのは、難しいところを弾けるようになるため、とみんな言うけど、それは別問題で、本当は素晴らしい音楽を人に伝えるために練習するんです。 曲は確かに難しいので、克服しないとなにもならないのだけど、それだけにみんな克服したら終わり、になってしまっています。本当はそれを誰かに聴いてもらって、「この音楽いいよね」って表現して共有する体験が大切ですが、若い演奏家たちにはそのような機会が全然ありません。それって演奏家にとってもかわいそうなんです。だから直接的な反応をもらって、どんどん揉まれたらいいと思います。最初はみんな戸惑うと思うけど、そこを乗り越えられなかったら“演奏家”にはなれません。

他の人には欠点でも、その人がやると魅力になる、という演奏

例えば、楽譜って不完全なものです。音楽を記号化したものでしかないんです。どの作曲家も、楽譜を書く前に溢れんばかりの音楽とメッセージ的なものがあります。それをなんとか記録するために、楽譜に置き換えざるを得ないのです。そういう見方を忘れてはいけないと思います。楽譜の前に音楽があります。どんな人が、どんな時に、どんな気持ちのときに書いた、その「音楽」がなんだったのか、というところを読もうとすれば、ちゃんとしたものなるはずです。それは楽譜通りの演奏からそんなに外れたものではないと思いますが、そのような見方がなにもないまま楽譜を読むと、それは不完全な演奏になってしまいます。

上手な演奏と感動する演奏は全然違います。プロになる以上、感動するけど下手ね、では困りますが、完璧な人はいないし、それに完璧だけを求めても仕方ないんです。たぶん他の人がやると欠点になるようなことでも、その人がやると魅力になるというようなものを持っている演奏家は非常に強いと思います。 若い演奏家には、このような活動にどんどん参加してほしいと思います。 応援しています。

横山幸雄さん、お時間をいただき、本当にありがとうございました!

[ 横山幸雄さんの最新情報 ]

最新情報は、公式サイトでチェック!

横山幸雄オフィシャルサイト 

【CD発売情報】
4月17日 最新作「プレイズ・リスト2013」(ソニー・ミュージックダイレクト)発売中

 

【コンサート情報】
9月8日(日) 午前11時開演 東京オペラシティコンサートホール(全5部 終演予定:17時頃)
ベートーヴェン生誕250周年に向けてピアノ独奏曲全曲に臨む
横山幸雄ピアノ・リサイタル 【ベートーヴェン・プラス Vol.1~初期ソナタの諸相】

ベートーヴェン・プラス Vol.1|ジャパン・アーツ 公演情報 

お問合せ:ジャパン・アーツぴあ TEL 03-5774-3040

第2回 ピアニスト 横山幸雄さん
【前編】僕自身が「音楽の力」で生きているようなものです

投稿日時:2013/06/24 8:19 PM

僕自身が「音楽の力」で生きているようなものです

小さいころから、ピアノを弾いていないという自分の記憶がないです。気づいた時には弾いているのが当たり前の生活。食事と一緒で、今日はちょっと少なくていいかな?あっさりしたものでいいかな?という日はあるけど、何日も食事を食べないことって、断食道場に行かない限りないでしょ?それと同じ感覚です。

子どもの頃にLPレコードが大好きだったのは覚えています。年がら年中、起きては聴き、食事の時に聴き、時間が空いたら聴き、寝る前に聴き、という感じでした。そして気が付いたら音楽(ピアノ)が中心の生活。小学校に行っても、頭の中に音楽は流れているし、指も動いているし、家に帰ればピアノを弾く。いまだにそれが続いています。

音楽は、特に生演奏の場合、演奏家と聴衆が音楽を媒介して一緒に呼吸しているような感じがあると思います。演奏が終わると一体感と高揚感、ときには幸福感を持ってお互いにそれを共有しながら終えられるというのは音楽そのものの力ですね。

去年でデビューしてから20年になりました。最初の頃は「どんな演奏をするのかな」という好奇心で来てくださるお客様が多かったと思うのですが、今は「いい音楽を聴かせてもらいにいきたい」という気持ちの方が多いことを感じます。だからこそ、一体感が生まれるし、僕としてもそれが自信につながって、より良い演奏をうみ、それが次につながって、更なる感動があって、今度は友達を連れてきてくれて…というように輪が広がっています。料理も「どんなもの?」って食べるのと「きっとおいしい!」って食べるのとでは違うように、最初の期待感がさらなる一体感や高揚感に結びついていると思います。

僕の20年前の演奏と、今の演奏と、僕の中ではそんなに違っているつもりはないのですけど、たぶん違うでしょうね。それはほんのちょっとした僕の気持ちとか、経験の違いだと思います。

要は僕自身が音楽の力で生きているようなものです。

音楽を通して、完全に満ち足りた幸福感を感じる

インタビュー中の写真

音楽を媒介してお客様と一体感や高揚感を得られる、という話をしましたが、共演者がいる場合、同様に音楽を通してコミュニケーションをとっています。普通に話しているときは、ひとつの単語の使い方や、同じ言葉でも人によって意味が違いますよね。例えば、自分は心から信頼されているのか、それも言葉だけではわからないことも多い。「楽しいね」「うん」という会話があっても、お互いの楽しい度合いは測れない。でも、音楽を通してそういったものを感じると、そこには完全に満ち足りた幸福感があります。

室内楽の場合、2人で演奏するとしたら、そこには役割分担があります。室内楽でのピアノの役割は、全体の流れをつくり、相手のソリストを包み込むような役割が多いですね。僕は性格的にたぶんそっちのほうが好きなんです。自分ひとりでガンガンどんどん行くのはどちらかと言えばそんなに好きではなくて、人のサポートをしているときの方が、本来の性格的には好きです。そこにポンと相手が乗ってくれたり、僕が「こうだよ」と用意したところに一緒に来てくれると、楽しいなと思いますね。

普段の性格も包み込むようなタイプか、それは…スタッフから意義がありそうな視線を感じるので、コメントは控えさせていただきます(笑)でも、音楽は完全に人そのものですね。

 

音楽を”生きたもの”にするために<ピアノを弾きつづける理由とは>

音楽を生きたものにするには、誰か生身の人間が弾きつづけないといけないです。今は、ベートーヴェンもショパンもブラームスも、生では聴けないですからね。僕は、子どものころから音楽をやっていて、僕なりに「この曲はこうであってほしい」という思いを持っているものがあります。それを表現するために弾く、ということでしょうか。自分でそう思っている音楽が、他の人の演奏よりも、自分で弾く方が理想に近ければ弾き続けます。この人のほうが良いんじゃないの?と思った時は引退したほうがいいですよね。

クラシックの曲は無数にあって、毎日何百回何万回とやっても別の魅力が出てくるものだと思います。だから自分一人ではできない以上、自分がより得意だと思うものに磨きをかけていければいいかなと思っています。僕の場合、ベートーヴェンやショパンが圧倒的にその比重を占めているのです。

 

横山幸雄さん、ありがとうございました!
後編は、子どもたちにとっての「生演奏の体験」とは?演奏家にとって必要なこととは?
NPOみんなのことばの活動に触れて、横山さんがご意見を聞かせてくださいました。どうぞお楽しみに!

▼後編を公開しました!
【後編】子どもにとって、経験は0と1で大きく違う|スペシャルインタビュー

[ 横山幸雄さんの最新情報 ]

最新情報は、公式サイトでチェック!

横山幸雄オフィシャルサイト 

【CD発売情報】
4月17日 最新作「プレイズ・リスト2013」(ソニー・ミュージックダイレクト)発売中

 

【コンサート情報】
9月8日(日) 午前11時開演 東京オペラシティコンサートホール(全5部 終演予定:17時頃)
ベートーヴェン生誕250周年に向けてピアノ独奏曲全曲に臨む
横山幸雄ピアノ・リサイタル 【ベートーヴェン・プラス Vol.1~初期ソナタの諸相】

ベートーヴェン・プラス Vol.1|ジャパン・アーツ 公演情報 

お問合せ:ジャパン・アーツぴあ TEL 03-5774-3040

第1回 ヴァイオリニスト 川畠成道さん
1000人の人がいれば、音楽は1000通りの聴き方がある

投稿日時:2013/01/20 7:33 PM

「必ずこうでなくてはいけない」ということは、ないんだ。

川畠 成道さん

日本で大学を卒業して、22歳でイギリスに渡ってから、自分の音楽が変わったと思います。音楽の勉強をするので、日本とイギリスでの生活は大きく違うことはなく、同じように毎日毎日、目の前にある勉強する曲を弾いているわけです。でも結果として出てくるものが違う。考えてみると、日本では先生の課題を忠実に克服するのですが、イギリスでは自分が主体的になって、出てきたものに先生が方向付けをしてくださるので、より自分が強く出てきたと思います。そして、自分を一番表現したいものを十分表現できたときに、はじめて評価されます。また、クラスにはいろいろな国から来た学生がいて、それぞれアプローチの仕方が全然違います。技術がどうのという話ではなくて、コンセプトがまったく違う。考えてみればそれは当たり前で、みんな育ってきた環境が違うんです。だから同じものを弾いても、違ったものが出てきます。極端に言うと、今までそれはいけないと思っていたものの中に、実は素晴らしいものがあったり。自分が今まで思っていたことを改めて考えさせられるということは幾度となくありました。そうした経験を重ねた中で、いろんな可能性があるんだな、とか、必ずこうでなくてはいけない、ということはないんだ、という考え方を教えられました。そうした経験ができたのも、自分に音楽があったからで、その音楽を通して、他の人たちのことを知ることができたわけですね。同様に、他の学生には音楽を通して自分を知ってもらうことができました。そうした意味で、自分にとって音楽が与えてくれたものはすごく大きいと思いますね。

1000人の人がいれば、音楽は1000通りの聴き方がある

器楽には言葉がありません。歌や、文学、詩は言葉を通して伝わるものがあると思いますが、器楽には言葉がない分、人によって同じ音楽を聴いても感じ方が違うと思います。演奏する側も、同じ曲を弾いても弾き方が変わります。例えば、ひとつのコンサートで1000人の聴衆の方がいらしたら、それぞれ聴き方が違って、1000通りの聴き方が生まれるということですね。それだけ音楽は可能性が広いし、自由でいいんだと思いますね。クラシックは、100年、200年、それ以上残ってきた音楽です。素晴らしいから残ってきたと思いますし、同時に時代によって音楽は変わっていると思います。モーツァルトが曲を作った当時の演奏と、我々の今の演奏では全然違うでしょう。でも形を変えつつ生き残ってきて、これからも生き残っていくというのは、やはり幅があり、自由なものなのだと思います。

演奏することで、こちらが与えられることもある

子どもの時の体験は貴重ですよね。私の小学校は全学年合わせても100人ちょっとの小さな学校だったのですが、上条恒彦さんが学校に来てギターを弾いてくれました。今でもテレビに上条さんが出ていると、「小学校の時に来てくれた人だ!」と思います。また、自分が10年くらい前に中学校や高校で演奏したときの生徒さんが、今コンサートに足を運んでくれることもあって、それはとても嬉しいです。行って演奏することは、なにかを与えることもあるし、こちらが与えられることもあり、大切なことだと思います。

川畠成道さん、お時間をいただき、本当にありがとうございました!