みんなのことば10周年記念フォーラム『子どもの心と未来をひらく“本物の体験”とは?』

2019年3月18日(月)文化シヤッターBXホールにておこなわれた、みんなのことば10周年記念イベントのフォーラムより、内容を一部抜粋してご紹介します。

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開催当日は、幼児教育ご関係者・企業ご関係者を中心とした約120名にご参加いただき、10周年のお祝いに駆けつけてくださった文京区・区長の成澤廣修氏のご挨拶から始まりました。


登壇者のご紹介

※肩書、プロフィールは開催当時(2019年3月)のものです。

久保山茂樹氏

久保山 茂樹 氏(国立特別支援教育総合研究所総括研究員)

独立行政法人国立特別支援教育総合研究所総括研究員。東北大学教育学部、同大学院博士後期課程、国立特殊教育総合研究所研究員、主任研究官を経て現職。臨床発達心理士。NHK Eテレ「すくすく子育て」に出演。ことばの発達についての相談に応じた。

壬生 千恵子 氏(エリザベト音楽大学教授)

音楽インターンシップ、NPO活動など、多彩なアウトリーチや人材育成支援事業を実践。エラスムス・ロッテルダム大学、東京大学大学院にて研修、(財)日本音楽教育文化振興会事務局長を経て現職。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。東京学芸大学大学院博士課程修了。博士(学術)。

ファシリテーター:渡邊 悠子(NPO法人みんなのことば代表理事)


音楽でできる“本物の体験”が子どもに与える影響とは?

久保山先生のお話より:

それは、心が動くことです。
なぜ心が動くかというと、入ってくる情報が音だけではないからです。

ポイントは3つあります。

1.音楽を耳だけではなく、全身で聴いている

泣いている赤ちゃんに声をかけるとき、抱っこして声をかけながらやさしく揺らしますね。赤ちゃんは、揺さぶられて気持ちいいなぁ、トントンってされて気持ちいいなぁ、その心地よい感触と音が同時に入ってきます。そういう関わりを繰り返していると、音って気持ちいいんだ、楽しいんだって、全身で味わえるようになっていきます。

みんことでも、いろいろな視覚情報や振動が刺激として体に入ってくる、それと同時に音が入ってくる。CDだったらこうはいかないです。音しか聞こえてこないですから。これがやっぱり本物の良さですね

2.子どもの動きから音楽が作られている

みんことでは、子どもの動きや反応を見て音楽を届けることを大切にしていると聞きました。
発達を振り返ってみますと、小さな赤ちゃんは自分の声を出すとそれを真似してくれる大人がいて、それを繰り返す中で、音、声をつかんでいくんですよね。音楽も同じだと思います。子どもに合わせさせるのではなくて、自分が出発点になるという体験です。僕がよくやるのは、例えば子どもさんがコップに水を注ぐふりをしているとトクトクッと注ぐ音をやってみたりですね。自分に合わせてくれる人がいる、合わせる音がある、っていうことを知ると、ちょっと安心するし、人に対する信頼感、受け止めてくれるんだという、自信につながります。そして、よし僕も表現してみようっていう勇気とか意欲につながるのですね。

時々、とてもテンポの速い音楽で、子どもたちは楽しそうに見えているんですけど、でも音と体の動きが完全にずれているということがあります。ただはしゃいでいるだけ、で音はBGM。ビートが効いた音楽も良いですが、強い音が続く音楽から作り出される体の動きは、強い動きです。今これからの時代で大事なのは、柔らかな滑らかな動きですよね。滑らかで柔らかな動きが作れるのも、やっぱり本物の体験の中にあるように僕は思っています

3.だから、本物の体験が心を動かす。心を育む。

生の演奏だからこそ伝わるものがあります。演奏者のいきいきとした表情、体の動きですよね。そして強い音から弱い音までの幅広いダイナミックレンジ、これもCDでは出せないですね。そういうものが目の前で起きますから、本当に子どもたちには心に響く体験になります。強い音、弱い音っていうのを体でも表現してくれるので、子どもたちは飛び込みやすいと思います。だから、本物の体験っていうのはいつまでも心に残る、心が動く。心を育んでいく

静かで弱い音、か弱い音、かすかな音ですよね。こういう音も大事です。 あるいは一瞬シーンとしてみるとか。そのシーンとしたところから豊かな表現が生まれていくはずです。強くて大きいところからは、それ以上それ以上になっていくから、表現は豊かになりようがありません。生の良さっていうのはそういうところにもあるんですよね。


大事なことは心が動くっていうことですよね。本当にストレートに子どもたちは表現してくれますから、それを抑え込まないで、子どもたちの表現を面白がる、いいなぁそれっていう顔で受け止めるっていうことを繰り返していきたい。そしてそのためにこのみんことの皆さんの活動を続けてほしいなと思います。


ファシリテーターを務めたNPO法人みんなのことば代表の渡邊悠子

アウトリーチ活動の研究からみた「みんこと」

壬生先生のお話より:

子どもの文化体験は重要だと考えられているが…

内閣府の世論調査によると、「子どもの文化体験が重要である」と答えた人は93%、「重要ではない」と答えた人はたったの2.1%です。さらに私どもが実施したアンケート調査では、「何が重要だと思うか」という質問に対して、「学校など自分たちの場所に来てもらえる鑑賞体験をもっと増やしてほしい」が6割以上ありました。世論調査では、子どもの文化体験に期待する効果として、感性や想像力、コミュニケーション能力の育みが強く期待されていることが示されています。

文科省が「芸術表現を通じたコミュニケーション教育」「子どものための音楽家派遣事業」といった事業を推進していますが、年間52億円の予算に対して、小学校・中学校のおよそ5%程度にしか届いていません。幼稚園・保育園は残念ながら対象ではないんですね。

文化体験の格差を減らすためにできること

我々音楽大学の立場として、アウトリーチという形で音楽を届ける試みをしています。児童数が減って過疎地域ができています。従来の音楽教育もままならない場所もあります。学校だけの力や国の政策でも思うようにはならない、そうすると出かけることのできない未就学児や小学生に、特に環境による体験の格差が生まれることが問題視されています。そこで広島では実験的に大学・行政・地域が一体となった活動に取り組んでいます。が、地域と行政、企業を繋いでいくという役割が十分に働からないところでは、上手くいきません。みんことの文京区での取り組みは素晴らしいですね。

幼児期だからこそできること

長年のアウトリーチ活動を通して、小学校では遅すぎると感じる部分もあります。小学校になると音楽に対するジャンル意識というものが出てきます。なおかつ学校教育の音楽という風にクラシック音楽を意識してしまったときに、がぜんちゃんとして聴かなければいけないものだとか…。せっかくの鑑賞教室の楽しみを逃してしまうようなケースがありますね。そういったことも含めて、幼児期の音楽体験は特に大きな意味を持つと言われています

大学によるアウトリーチ活動の限界について

もちろん学生たちは一生懸命やっています。しかし簡単に言うと問題は質の保証です。
研修をして、練習をして現場に臨みますが、それはあくまでも大学での学びの一部であって、長く継続していける学生ばかりではありません。また学生は入れ替わっていきます。大学の枠組みの中で、同じ質で同じプログラムを提供し続けることは非常に困難です。だからこそ、みんことのようにプロならではの質の保証—継続して、研修をして、そしてどの子たちにも同じような体験を提供することが出来る—これは非常に大きなことだと思います

アウトリーチ活動自体は今やとても盛んになり、ボランティアも増えました。しかし、やはりこの質の保証が大きな問題だと思っております。音楽体験というのは、その場が何となく楽しくて、打ち上げ花火のように過ぎてしまえば、子どもたちは喜んでくれると思うんです。でもそれが、本当に心に残っていく文化・芸術体験になるかというと、別の話です。特に、音の質です。良い音で良い音楽を子どもの耳に届けることには、大きな責任があると思います。

それからもう一つは、子どもに対してのコミットメントです。ただ演奏ができるということと、お子さんと楽しい時間を共有していけるということは全く別です。演奏能力が高くなければ子どもに接することはできないけれども、それ以上のコミュニケーションスキルも必要です。 この実践・研究をして20年くらいになりますけども、感受性が作られる大切な幼児期になるべく良質なものに触れていただける機会の提供を、というのが、本日この場で皆さんにお伝えしたいことです。


さいごに

久保山先生より

壬生先生のお話を伺っていて、思いを強くしたんですけど。子どもの心を動かすことが出来る、それから心が動くと体が動きますから、子どもの表現を引き出すことが出来る、それはやっぱりプロじゃないと難しいですよね。ぜひその良さを伝えていってほしい。

クラシックはお行儀よく聞くものだとなっています、いや、そうじゃなくていいんだよということをぜひ、みんことの皆さんがそういう常識を崩していってほしい。心が動くことと身体が動くことは、表現が豊かになることですから。それを認め合える、そういうものを作っていく先駆けになってほしいです。

僕の専門は障害があると言われているお子さんの教育ですが、今言われているのはインクルーシブ、キーワードは“多様性”です。だから、幼児教育の中で、一人ひとりみんな違う感じ方があっていいじゃんって、そういうことこそこれから大事にしなくてはいけない。障害だけではなくて、外国にルーツのある人がどんどん入ってきます。外国にルーツにある人たちの表現の豊かさっていうのはまだまだ日本人には真似のできないものある。そういう動きを見て、そうじゃないでしょう、こうでしょうと言わずに、どうぞ自由に感じたままに動いてごらんって言える、みんことがその突破口になってほしいなって。お願いになってしまいますけども、そんな風に思います。

壬生先生より

久保山先生のおっしゃる通り、もっと自由に表現活動を、と思います。これまで欧米はもとよりブラジル、ジョージアなど様々な国で、コミュニティで育まれる音楽(コミュニティミュージック)の体験活動をさせていただきましたが、本当に寛容です。日本には見えない“こうであるべき”が沢山ありますね。
文京区での取り組みは企業・行政・地域コミュニティの連携がなす活動ならではの効果が、最も良いかたちで実現している数少ないケースだと思います。本当に素晴らしいと思いますし、みんことさんにはこれから地方にも出かけていただければと期待しています。


このレポートは、2019年3月18日に文京区の文化シヤッターBXホールで行われた、NPO法人みんなのことば10周年記念フォーラム『子どもの心と未来をひらく“本物の体験”とは?』より、内容を抜粋してご紹介しています。


みんなのことばは、プロの音楽家とともに、参加型クラシックプログラムを通して子どもの心を育てる活動をするNPO法人です。

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電話:03-3770-4266(平日10:00~18:00)

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